「私の3.11」


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4年前の今日、私は東京のお台場でセミナーを受講していました。
突然、地鳴りのような振動が迫ってきたかと思うと、ぐらぐらと揺れだしたのです。普段から地震にはそれほど驚くタイプではありませんが、その異常な揺れ方 と時間の長さに「これは地震ではない別の何か」だと感じました。ただ、代わりになる答えがわからないのです。宙に浮いているような感覚もあり、とにかく今 までに体験したことのない何かが起きているのだと直感しました。
セミナー会場には大勢の人がいて、女性の悲鳴もあちこちであがり、複数の携帯電話からは不気味な警告音が鳴り続け、司会者は必死で「落ち着いてください、危険ですから外に出ないでください」と叫んでいました。

地震だと確信できなかったのには理由があります。ひとつは、セミナー会場はプロジェクターを使っているので、窓はすべて閉め切り、光は一切遮断されていま す。外がどうなっているのか、様子がまるで分からないのです。そしてもうひとつ。いま冷静に考えれば、ビルは免震構造だったのでしょう。揺れを吸収するた めに大きく円を描くようにして揺れ続けたのです。縦揺れでも横揺れでない、まるでワイングラスの中で揺らされているような、奇妙な揺れ方でした。ですから 当時の私にはそれが地震の揺れとは思えず、どちらかというと9.11のような理解を超えた異常事態のほうを疑いました。
ワイングラスの揺れは一度おさまり、ほっとしている間もなく二度目の揺れが襲ってきました。一度目の揺れよりも大きく、そしてさらに長時間だったように感じました。
そこへ「火事発生、避難シテクダサイ。火事発生、避難シテクダサイ」という録音テープを流すだけの無機質な館内放送。もし本当に煙が入ってきたら死ぬ可能性があるなと思い、手元にペットボトルの水とハンカチがあるのを確認しました。
揺れがおさまると、ようやく生身の人間の声で「火災報知機は誤作動です。東北で大きな地震があった模様です」と館内放送があったのです。これでようやく「地震」なのかと思いました。しかし、「東北の地震がどうして東京でこんなに揺れるのか?」と訝しみました。

電話やネット回線はパンクしていて家族にも連絡がとれず、かろうじて周りの人達から交通マヒの情報がはいってきました。多くの人が帰宅を試みましたが、し ばらくすると会場へ戻ってきて「ダメだ、電車もタクシーも無理みたいです」とこぼしていました。しばらくして家内から電話が入り、全員の安否の確認がとれ たため、私はセミナー会場で夜を明かすことにしました。
翌日、運良く復旧した電車に乗って慣れ親しんだ駅に降り立ったとき、ようやく安心感がわいてきて急にお腹が空いてきました。その時食べた安い立ち食いそばのうまかったことと言ったら、忘れられません。
帰宅した私は、妻や子供たちを抱き締めました。そこで初めてテレビの画面に映し出された大津波の映像を見て、我が目を疑ったのです。映像を見てもまったく 頭で理解ができません。9.11同時多発テロの時もCGかと思いましたが、次々と流れる大津波の映像にもただ唖然とするだけでした。そして、セミナー会場 のすぐ近くのテレコムセンターが火災になっていたニュースも流れていて、ひとつ間違えていれば自分も煙の中だったのではないかと肝を冷やしました。

当たり前のことがどれほど有り難いか、この日ほど痛感したことはありません。この3.11を境に、私は自分自身に「今日当たり前のことは、明日も当たり前 だろうか」と問いかけるようになりました。自分のなかの価値観が変わり、本気で自分史に取り組もうと思ったのも、間違いなくこの東日本大震災が契機となっ たのです。
(写真は3月11日、セミナー会場で一泊したときに撮ったものです)


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