復刻本から考える(1)――『ほんに、あの月 鏡なら』



 
この写真には二つの本が写っています。右側の茶色い表紙の本は1992年(平成4年)に出版されたもので、左側の星空がカバーになっているのは今回リメイクした復刻本です。見た目もタイトルも違いますが、本の内容は基本的に同じものです。
 
著者の島尾晃さんは、病に倒れながらも自らの戦争体験を書き上げ、「この原稿を本にしてくれよ」と息子に託して、1978年にこの世を去りました。それから14年後に息子の島尾明良さんが、父の13回忌を機に出版したのが、茶色い表紙の『島尾晃遺稿集』です。
 
私がこの本を手にしたのは、2018年春のことです。祖父のルーツを訪ねて徳島県を旅した際に、縁戚にあたる島尾明良さんから、「父の戦争体験記です」と見せてもらったのです。その時は読む時間がなかったのですが、帰京してからふと読んでみたくなり、「お父上の戦争体験本を貸してほしい」と手紙を送ったのです。すると、「もうこの一冊しかお渡しできるものがなく、汚れていて申し訳ありません」との手紙とともに、『島尾晃遺稿集』が送られてきました。
 
写真を見ても分かると思いますが、お茶か何かをこぼしたのでしょう、本にはシミが広がりヨレヨレの状態でした。それを1ページずつそっと剥がしながら読み進めていきました。
結論から言うと、一気に引き込まれて最後まで読んでしまったのです。16歳で自ら志願し、海軍に入隊した島尾晃少年の戦争体験記です。機関兵として軍艦に乗ってシンガポールに渡り、そこで2年間の厳しい軍隊生活を送ります。
特筆すべきは、著者の描く人物像や、軍隊生活の細かな様子、彼らの息遣いまでが伝わってくるような表現豊かな戦争体験記だったのです。
語弊を恐れずにいうなら、一本の映画を見終えたような読後感に包まれたのでした。
 
このヨレヨレになった本の中で、島尾晃さんをはじめ、同僚や上官たちが、今も生きているような気持ちになったのです。と同時に、「もうこの本を手に入れて、読める人はいないのだな」とも思いました。26年前につくったこの本は、非売品であるし、在庫もないのですから。
この時、私は復刻本の制作を、島尾明良さんに提案しようと決めたのです。明良さんはこの申し入れを受けてくれました。
 
本のタイトルは『島尾晃遺稿集』から、『ほんに、あの月 鏡なら』と改題し、サブタイトルに「16歳の志願兵、新嘉坡(シンガポール)戦線記」とつけました。なぜこのタイトルにしたかは、本書を読み終えると分かるのですが、つまり、やんちゃな島尾晃という少年兵が夜になると一人故郷を思った心情を表しているわけですね。
このタイトルは島尾明良さんにも同意してもらいました。タイトルが決まったことで、シンガポールの月夜をイメージした装丁をデザイナーさんにお願いして、今回の表紙になりました。
 
本文の中身は基本的に変わっていませんが、口絵の写真を増やしたり、著者が機関兵として当時乗っていた軍艦の写真や解説文を追加しました。そして、何よりも今回の復刻について、あらためて島尾明良さんが「序文」を追加してくれたことに、大きな意味を感じました。
この「序文」の中にあった一節が心に響き、裏表紙に掲載しました。そのメッセージからは、戦後74年が過ぎ、現代を生きる私たちが、実際に戦争を体験した方々の人生をどれほど汲み取れるというのか、考えさせられるものでした。
 
今回の復刻出版を振り返ってみて、もし、あの時送ってもらった本がヨレヨレでなければ、もしかしたら私は復刻を提案しなかったかもしれない、と思ったのでした。
あの、1ページ1ページ剥がしながら読んだ体験の中に、もう一度この本に光を当てたいという欲求が生まれたように思えるのです。
しかしその一方で、非売品としてつくられ、『島尾晃遺稿集』という朴訥な本が、改題され、今風の装丁になり、定価をつけて一般向けに販売されるよう提案したことに、私自身の傲慢さや、一種のあざとさはなかっただろうか。そういう一抹の葛藤を抱きながら、しかしそれでも復刻して世にもう一度送り出したいという気持ちのほうが勝ったように思います。
 
4月14日、徳島県へこの本を届けに伺いまいした。初めて島尾晃さんの仏前に線香をあげ、手を合わせることができました。
天国の島尾晃さんは喜んでくれただろうか。余計なことをしおって、と思われていないだろうか。その答えはわかりません。
ただ、もう一度世に送り出されたこの本を、ひとつの戦争体験の記録として、その時代を生きた人たちからのメッセージとして、伝えていきたいと思います。
 
『ほんに、あの月 鏡なら―16歳の志願兵、新嘉坡(シンガポール)戦線記』
著者:島尾晃
発行:2019年4月15日
四六判、164ページ、1200円+税
(作品紹介)
https://www.kawade-shobo.com/…/%E6%88%A6%E4%…/20190415/2611/
 
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