自らが広告塔となって


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70年前の広島で、爆心地から3キロ地点で被爆した斉藤さん。当時15才、勤労動員で工場の機械の下敷きになったそうです。
戦後は原爆後遺症に苦しみ、またヒバクシャとしての差別もありました。しかし自らが広告塔となって今も叫び続けています。
「ノーモア・ヒロシマ。ノーモア・ナガサキ。そして、ノーモア・フクシマ」

斉藤さんの体験談は現在すすめている「一枚の自分史」の特集ページでご紹介します。


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