「不謹慎狩り」という現象が話題


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熊本地震で募金や寄付、ボランティアなどをブログやSNSでシェアした芸能人が叩かれる「不謹慎狩り」という現象が話題になっているようです。
芸能人のことを書くのもなんなので、自分のことを書きます。
私は以前、世界の恵まれない子供たちのために人知れず寄付をしていました。毎年1回、会社の決算が終わると、誰にも言わず、黙って寄付をするのです。それが美徳だと思っていたのです。
ある日、知り合ったばかりの人と飲みに行った時のことです。その人がボランティア活動に力を入れている話をし始めて、聞いていて不快になりました。善行は 黙ってやるから美徳なのに、どうしてこの人はわざわざ話すのだろう、と。それで腹が立ってきて、「そういうことは胸の奥にしまって、黙ってやるべきで、人 に話すと偽善ぽく聞こえますよ」とつい言ってしまったんです。そうしたら、その人は「偽善? 失礼な!」と怒ってしまったのです。私は、彼が激昂する様子 をますます残念に感じ、自分とは違うタイプの人だと思ってその場をやり過ごしました。

それから数年して、東日本大震災が起こりました。私は再び黙って寄付をしました。やはり、それが美徳だと思っていたのです。
ところが、Facebookを通じてある人たちと出会って、これまでの考え方が大きく変わりました。彼らは自分たちに何ができるのか考え、純粋に取り組 み、その活動を広めていたのですが、それがとても自然体なのです。いつの間にか彼らの影響を受けて、私も一緒に東北へ行ったり、震災復興写真展の開催や募 金活動を手伝うようになりました。そして、ふと気づいたのです。

「美徳なんて、ただの自己陶酔じゃないか」と。

そんなナルシズムよりも、自分たちの活動をどんどんシェアして、それが周りに波及して、そこから何かのインスピレーションを受けた人たちがまた何かの行動 を起こしてくれたら、その方がよっぽど素敵じゃないですか。黙って寄付したところで、誰にも伝播しないし、新たなアクションは生まれない。売名行為とか、 偽善とか、そんな批判はちっぽけなことなんです。

それからの私は、良いことは臆さずにシェアする人たちに共感するようになりました。でも、偽善だの売名だのと言う人たちの気持ちも、かつての自分がそう だったから分かるんです。何かと二極化して相手を叩く昨今の風潮に、いつのまにか自分も心をギスギスさせていることがあります。だから、いろんな人がいて いいんだなと思うと気持ちが楽になります。
誰もがみんな成長するための途上にいるんですからね。

(写真は2012年、東北の旅先で


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